【博論日記】はフランス人作家ティファンヌ・リヴィエール作(訳:中條千晴)のバンド・デシネ。
バンド・デシネってなに?と思い、調べると要はフランス版の漫画ということらしい。
この本では著者の博士課程在籍時の体験をもとに、小説家フランツ・カフカの作品に関する博士論文を書き上げようとしている主人公を描いている。
これはただの予想なんだけど、【博論日記】というタイトルを見て、どんな漫画か気になるのは現在研究職についている方や進行形で博士・修士課程に在籍中の方、もしくはこれから大学院に進もうとしている方なのではないかと思う。だって「博論」と聞いてもすぐにピンと来る人の方が少ないんじゃないでしょうか。
かく言う僕も近い将来自分の専門の修士に入ろうと思っているため、本作が気になって買ってみた。
そんなことはさておき、漫画の話。
バンド・デシネというタイプの漫画を初めて読んだんだけど、まず元がフランス語なのでページが左開き(左側にページを繰っていく)なのだ。いや、フランス語が横書きで左から右に読んでくから当然っちゃ当然なんだけど、やっぱり日本の漫画に慣れてると最初は読みにくいと思った。でも2、3ページ読んだらすぐ慣れるのでそこのところは全く心配しなくていい。日本でも稀に左開きの漫画あるしね。
内容は物語的な浮き沈みはもちろんあるんだけど、それがあまり読み手の感情にまでは影響してこないと初見では感じた。理由はおそらくコマ割りの均一さにある。
もちろん全てのコマが同じ大きさというわけではないのだが、本作の漫画表現の中ではコマ割りの変化に持たせている役割は少ない。でもその均一なコマ割りはセリフや登場人物の表情、仕草といったコマの中に収まる静的な描写に、適切に読者の注意を集中させることに役立っていると感じた。コマ送りで動画を見ているような感覚に近く、漫画内での時間の経過を登場人物とともに追っているような感覚があった。漫画を読んでいる、というより映画を見ているという感覚に近いかもしれない。
ここまでは本作の漫画表現の特徴的な話。以降は内容に触れるのでネタバレあります。(ネタバレを気にするタイプの漫画ではないんだけど)
総評としては正直なところ、まあまあかな。
僕が大学院の生活に興味があったから面白く読めたけど、なにも興味がない人が読んだら「え、で?」ってなる人も多いかもしれない。
主人公は最初博士課程を最短の3年で卒業してやる!と意気込むのだが、そこは当然目論見通り進むはずはなく、指導教官のやる気がなかったり、バイト代の未払い問題に直面したり、周囲の人のライフステージの変化を横目に博論にのめり込んだり、紆余曲折ありながら最終的には7年かかって最終審査に辿り着く。しかしその後も大学のポストに就けるか、などの問題があり、試練はまだまだ続いていく…といったふうに物語は幕を閉じる。
全編を通して僕が疑問に思ったのはなぜこの主人公はカフカの研究をしたいのか?なぜ博士号を取りたいのか?ということだ。つまり、主人公の行動動機があまり見えてこない。そのせいか、上で言ったようなコマ割りの均一さも相まって物語全体が淡々と進んでいくように感じる。
もちろんカフカに興味があって新しい解釈を提示したいと思っているんだろうな、ということはちょいちょい描かれているからわかる。しかし、どうして7年という長い間辛酸を舐めながらも自分の研究をやり通したいのか、という動機が見えてこない。
上で述べたような紆余曲折は、訳者後書きにもある通りフランスでの大学院あるあるのようだ。経験のある人は共感、そうでない人は知らない世界を覗くように楽しく読めるだろう。僕も後者の仕方である程度楽しく読めた。
ただそれならわざわざフィクションにせずともエッセイ漫画でも良いんじゃないかと思う。作者の経験がもとになっているとのことなので、フィクションとノンフィクションの隙間にハマり込み、あるある方面の描写が強くなってしまった結果、主人公の動機を描くということまで手が回らなかったのだろうか。そういうのを求める漫画ではないと言われればそれまでだが、「全ての大学院生へ!研究を続ける勇気が出るバンド・デシネ!」みたいな紹介文句を何処かで見たので、全然そんなことないやんと思ってしまった。
繰り返しになるけど、自分の知らない世界を覗き見する、みたいな楽しみ方は十分にできるので、そこら辺は期待して読んでも問題ないとは思う。

